―― そのものづくりへの転換期(1990年)に、TAKISAWAとの出会いがあったのですね。
戸田会長:そうです。本格的なものづくりを始めるにあたり、最初に導入したのがTAKISAWAの10インチチャック旋盤「TC-3(現TCN-3500)」でした。
当時、ピストンメーカーでもピストンの倣い加工は行われていました。しかし、機械の回転数が低く、さらに手作業に頼る部分も多かったため、私たちが求めるミクロンレベルの精度を安定して出すことは非常に難しい状況でした。
そこでTAKISAWAさんに「ピストン専用の非円形加工機をつくれないか」と相談しました。
すると、ちょうど同じような機械の開発を検討されているところで、素晴らしい担当者とも巡り合うことができました。そこから話は一気に進み、誕生したのが非円形加工CNC旋盤の初代「TPS-3000」でした。

最初に納入された初代TPS-3000

「TPS」による加工
―― 「TPS」で加工したピストンを周囲に見せたとき、業界の反応はいかがでしたか?
戸田会長:完成した初代TPSで削ったピストンを、日本の名だたるピストン関連メーカーの担当者に見せたんです。
誰もが口を揃えて「これは素晴らしいピストンだ。ぜひ加工機を導入したい!」と驚嘆してくれました。
しかし、最後には「……ただ、この機械はまだ世の中に導入実績がないから」と導入を見送られてしまったのです。実績のない新しい技術を敬遠する、日本ならではの壁にぶつかったのです。
そこで私たちは、まず海外のレース業界からTPSを広めていこうと考えました。実際にTPSは、ヨーロッパのレーシング業界で少しずつ評価され、広がっていきました。
ある時から、海外のレーシングカーのタイムが急激に速くなり、「いったい何が起きているのか」と業界内で話題になりました。そのエンジンの心臓部に使われていたのが、まさにTAKISAWAのTPSで加工された高精度なピストンだったのです。
やがて、イタリアの名門レーシングチームにも、TPSで加工したピストンが使われるようになりました。さらに、現地を訪れたレース関係者が「ヨーロッパには、非常に高精度なピストン加工機がある」と聞き、調べてみるとそれが日本のTAKISAWAのTPSだったという話もありました。
日本では実績がないことを理由に導入が進まなかった機械が海外で高く評価され、その評判を聞いた日本のメーカーがあらためて導入を検討し始める、そんな痛快な逆転劇が起こったのです。これをきっかけに、TPSはレーシング業界を通じて、世界中の自動車業界へと広がっていきました。